2011年08月18日

2011年08月11日

都立園芸高校のハナミズキ原木見学

中野ハナミズキの会の念願であった原木見学は
事務局長木村さんやohkadoさんのご努力で実現にこぎつけた。

2011.7.27(水曜日)の 午前10時に
中野ハナミズキの会の一行19名のほとんどは
電車をのりつぎ、都立園芸高校の校長先生を訪問した。

尾崎行雄東京市長がアメリカに桜をおくり、その返礼として
ハナミズキをアメリカから戴いた。

ゆえに、ハナミズキは、日米親善の花木である。

戴いたハナミズキの木を、
原木と呼んでいるが・・。

日米開戦があり、その後の原木の運命は過酷となった。

生き残っていたのは数本か、と中野の峰与志彦さんを悲しませた調査結果であった。
戦中をいき残った原木は今では
園芸高校のみの原木となったといわれている。

校長先生から1時間ほど、お話しをうかがったのち、
ハナミズキの原木を見学した。

はなみずきの著書もある会員の菅野光公教授もかけつけて
原木との
ご対面となった。感無量であったことである。

園芸高校は原木の実生から発芽をさせて
ハナミズキを増産してきた。その幼木は各地の公園や街路樹に供給している。

中野区江古田の森でも、ハナミズキの丘に、
園芸高校からハナミズキを分けて戴いている。

千谷順一郎校長先生は
原木が園芸高校のみになった今日
その責任を重く痛感されて、
枯らさぬ決意を、みなぎらせておられた。

尾崎咢堂さんから桜を受け取ったタフト大統領の曾孫さんは、園芸高校を訪ねられて、はなみずきを植樹されている。

その曾孫さまお手植えのハナミズキも見学して、
中野の一行は、その後、かけつけた会員をむかえて
東京農大の食と農の博物館に移動した。
農大の竹中先生のガイドで、
環境食料問題など、貴重な学習ができた。
感謝。
       (喜多記)
posted by 中野ハナミズキの会 at 17:59 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2011年04月21日

2011、4,23 桜&ハナミズキ 公演

2011、4月23日 13:30から 


桜&ハナミズキ 公演

中野区野方ウィズホール
入場無料
posted by 中野ハナミズキの会 at 18:13 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2011年02月26日

2011年4月23日 ハナミズキコンサート 

中野ハナミズキの会主催
コンサート

2011年4月23日と伺いました。


永年の合唱団のみなさまのご努力
ついに実りますね。


成功にむけて、なにか私にお手伝えを
させてくださいますか。

よろしくお願いします。


2.26
 喜多より
posted by 中野ハナミズキの会 at 08:50 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2010年11月02日

シドモアさんのお墓まいり

シドモアさんのお墓まいりに

11月3日は

出掛ける予定でおります。

横浜の
外人墓地まで・・・・。

シドモアさんの墓前でハート

まず 桜花のお礼をもうしあげたい。

両国のために奔走されたことに
感謝をもうしあげたい。晴れ

シドモアさんの願いの、日米友好がすすむよう

祈ってまいりたいと思っております。

             (2010年  喜多)
posted by 中野ハナミズキの会 at 00:21 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2010年08月10日

中野はなみずきの会のホームページ訪問して

中野はなみずきの会の
ホームページは
関係者のご努力でたちあがれました。
 
有難うございました。
 
誕生されてから半月になりましょうか。
 
このホームページは
地球上のどこからでも
閲覧できるわけですね。
 
東京は中野から発信される
親善の花 ハナミズキ
友好の花 はなみずき
平和の花 花水木

お届けできることでしょう。
 
ホームページへの 
訪問者は
まず
紅花が目にとびこんでくる編集となっていると思います。。。
 
会の目的や
入会のこと、歌もあることなどが
 
分かるようになっており、親切な編集とおもいました。
 
今後は
できますなら
リアルタイムで
訪問客さまが
幾人ほど累計で訪れられたか
分かるようにして戴けると
よろしいのではないでしょうか。
 
それは
ホームページの管理者に
いろいろのことを
伝えるデーターとなりましょう。
 
ナイスコミニュケーションを
追求する
資料となりましょう。
               (喜多)
 
 
posted by 中野ハナミズキの会 at 07:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2010年08月09日

晩秋に花水木の種子を拾い苗を育てませんか。

秋は花水木の実は
彩ります。
葉も美しくなります。
 
花水木の種子を拾って
苗を育てませんか。
 
木村さんのブログには
屋上で苗をそだてた、とありましたが
実生から
育てた木なのでしょうか。
            daimonn
posted by 中野ハナミズキの会 at 09:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

江古田の森 と 北江古田公園


 中野区江古田は
まぎらわしいエリアとおもう。
 
地元の人の発信かとおもわれるが、ブログで発信された中身は、
北江古田公園は存在しているのです。
 
ところが、中野ハナミズキの会の
案内地図では 北江古田公園は存在していない。「江古田の森」として
ひと括りになっておる。
 
私がパソコン検索で見てゆくと、
そのように
単純ではなく、まぎらわしい公園かとおもうのですが いかが。
 
「江古田の森」と 「北江古田公園」は それぞれが独立して別ものと、理解されているのです。
 
インターネットの字引江古田の森公園 - Wikipedia(フリー百科)で検索すると、以下のように紹介されている。
 
〈江古田の森公園(えごたのもりこうえん)は、東京都中野区江古田にある中野区立の公園である。樹木や芝生の広場、遊具などがあり、近隣住民の憩いの場となっている。 当地は長く国立療養所中野病院があったところで、主に結核患者の養生所であった。当病院は1993年に新宿区国立国際医療センターへ移転統合し、跡地が公園として整備されたものである。またそれ以前に江古田川沿いの一部分(かつての野方苗圃)は、1971年に北江古田公園として先行して開園していた。2007年に残りの病院跡地の部分も追加で開園し、全体で江古田の森公園という名称になった。また公園には隣接して「江古田の森」という老人ホームなどが入っている福祉保健施設がある。PDF

私の記憶では
「北江古田公園」の看板は確かにあった。
そのようなこともあり、
地元の人たちや、よそからの来訪者たちは
この地は 
北江古田公園と 認識されておられるのだとおもう。あるいは古い呼称が生き続けているのだと思う。

●ハナミズキの会に、お願いしたいことは
北江古田公園は江古田の森に統合されて現在は
その名称は使われておりません・・・・と宣言されてみてはいかがでしょうか。


●実は井の頭公園に、ハナミズキを探しにゆきましたおり、ここでも似たようなことがおきました。


東京市井の頭恩賜公園」の石碑があったこと。
 

公道をへだてて
 「井の頭公園」と「井の頭自然文化公園」があったことでした。

どちらもふくめて俗称では
井の頭公園」と呼称されていました。
 

私たちは公園入口で待ち合わせをしましたが、その解釈からか、一時、迷子になった人がいました。

江古田の森 と 北江古田公園
で 集合ともなれば、やはり まごまごしてしまいそうです。
                                        (喜多)

 


 

posted by 中野ハナミズキの会 at 06:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2010年08月06日

野方苗圃から井の頭公園に移された木々たち

中野の野方苗圃が閉鎖される時に
  たくさんの木々が
  井の頭公園に
  移されたとのことです。
そこで早速、調査に行ってきました。
公園の最寄駅は中央線の

  吉祥寺駅。
井の頭自然文化園入口をめざして歩いて行くと
  歩道上には
市民の木・・・・が色タイルで紹介されていました。
g 002.jpg

市民の木 ハナミズキ  とありました。
その左側は むらさきはなな  とありました。
むらさきはなな・・・ 別名は 紫金草、諸葛菜ともいわれています。


この紹介タイルに もしや、ハナミズキの原木があるのでは、

期待が膨らみました。
 

井の頭自然文化園には
花水木が3本ありました。
 
古木でした。
 
紅色の花水木とのことです。
 
園内の植物は3人の職員が手入れしているとの事でした。
手がまわらないので、
苗は育てたことはないとのことでした。
 
タネから、育てたいものですね。
里かえりの花水木に
できないものでしょうか。

            (喜多)

posted by 中野ハナミズキの会 at 22:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2010年08月01日

中野ハナミズキの会の歩み その1



ハナミズキ移植準備の経過について    
          平成161028日の記録です。 木村勝昭


1 ブロードウエイ居住の本郷さんから木村にブロードウエイの屋上庭園に仮植樹したハナミズキを江古田の森へ移植することについての相談あり。(平成15年)春 

2 ブロードウエイ居住の伊丹さんと会う。ハナミズキの件について話す。伊丹さんは屋上庭園に仮植樹した時の管理組合副理事長であったことが判る。628日 本郷さんと一緒に屋上庭園に行き、ハナミズキ2本を確認する。写真撮影。629日。

 

3 田中区長に会い、ハナミズキをブロードウエイ屋上庭園に仮移植した経過について説明をする。そのハナミズキと原木の関係がつながるかどうか、という質問が区長からあり。とりあえず区長に情報提供をした。73日。

 

4 前野まさる先生とあう。(東京芸大名誉教授・北部(江古田の森)防災公園建設計画検討委員会座長)。当日までの経過を説明する。ハナミズキが原木の株分けかどうかは正確には判らないが、そうではない可能性が強いとの前野さんの意見。小石川植物園の原木からの枝分けとブロードウエイ屋上庭園のハナミズキを一緒に江古田の森に植樹すると意味付けが強くなるのではないか、との考えを頂く。また木村は引き続き状況把握を進めることとした。79日。

 

5 同日、植物に詳しい人にハナミズキや移植についての専門的意見の聴取を考え、中野区の元公園緑地課長の井出さんに電話で連絡をとる。井出さんはハナミズキをブロードウエイに仮植樹をした時の公園緑地課長であり、経過についても詳細をご承知であることが判る。79日。

 

6 伊丹さん・井出さん・木村で話しあう。伊丹さんと井出さんは初対面。 沼袋の玉置さんに報告。

  井出さんの話では、ブロードウエイ屋上庭園の植樹は東京都環境局の正式な植樹事業であったこと。それに中野区も参加をしたということ。ハナミズキは江古田の森開園時に記念植樹をすることとの考えであったとのこと。また「みどり のびのび」というビデオがあるはずとのことなので東京都環境局自然保護部に木村が問合せにいくことにした。井出さんはこの会合の前に区役所に行き、ハナミズキに関する区の資料整理を依頼する。木村も会合後、区役所に立ち寄り職員および公園緑地課長に経過概略を説明した。711日。

 

7 本郷さんと会う。現在までの経過をお伝えする。本郷さんが尾崎記念館にハナミズキの資料が保存されているか問合せをしていただくことに。木村はビデオの件で都庁に行く。都環境局 自然保護部計画課 課長補佐・計画係長の田中進さんに会う。経過を話し、田中さんも状況は理解してくれた。しかしビデオについては組織替えなどもあり、ダンボールなどに収納したため、その所在の確認がすぐには出来ないので探してみる、とのことであった。結果を連絡してくれるとの話で終わる。716日。

 ビデオとは。

 ホリデーにっぽん NHK1997年5月5日

 「ハナミズキの旅路・捜しつづけた日米友好の花」

 

8 平成16年にはいり、ビデオの保存を確認。

      

posted by 中野ハナミズキの会 at 20:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2010年07月27日

はなみずき合唱団の活躍

2009-10-25 14-27-27_0.jpg
 
はなみずき合唱団のご活躍に
敬意を表したいとおもいます。
皆さまのハーモニーは、歌声は
野方苗圃で実生から育てたハナミズキの歴史を
日米親善の歴史を
伝えるはたらきがあると思っております。
 
桜とハナミズキで
アメリカとの友情を育みあっておったのであれば
 
原爆を落とされることもなかったのではないでしょうか。
 
神奈川県津久井の尾崎咢堂記念館に
合唱団のみなさんと見学にでかけました時、
合唱団の皆さんは、はなみずきの歌を披露されました。
食堂でうたわれたあのとき、からだがふるえるほど感動しました。
あのときも渡部節保さんの指揮、吉田京子さんの伴奏でうたわれましたし、
声楽家武井美恵さんのソロも披露されました。たしか、あのときもフルートの伴奏もあったと記憶しますが・・・。フルートさん、ごめんなさい。 

咢堂記念館では、わすれられぬ貴重な資料に出会えました。
私は祖母にきいたことがありますが、あの戦争末期にはビラが空から降って来たそうです。
銀紙も降ってきたそうですが、

 

そのときアメリカ軍のまいたビラと
出遭えた事も、出かけて来てよかったと思ってます。
 
戦争をやめさせたい訴えの そのビラには
尾崎行雄さんの写真が載っておりました。
私は、日本国民に信頼されておるのは尾崎行雄さん、とアメリカ側の判断があってのことと思いました。

尾崎行雄さんの写真いりなら、神風を信じる国民ではあろうが、戦争をやめてもらえると、
そのビラは語りかけているようでした。
 
爆撃機から投下された大量のビラは
保存されていたのです。
数枚の貴重なビラでしたが、私は凝視してしまいました。
 
合唱団さんの歌が聴けるわよとすすめられて

咢堂記念館にでかけました私でしたが、歌がきけて、
そして史料のビラとも出会えたことは、団の皆様に感謝もうしあげたいとおもいます。
 
合唱団の皆さまは
「憲政の神様」とも慕われる尾崎行雄さんを
讃えることにもつながる歌をうたわれておられると思います。
 
はなみずきの歌には、そのようなメッセージがこめられていると、私は受け止めています。
尾崎さんが
あの時代に、軍部が国会を牛耳っていた時代に、
命がけで、戦争はんたいの演説をされた議員さんでした。
 
中野のはなみずき合唱団さんは
日本の民主主義発展にとって、
とっても大事な存在でございます。
すばらしいご活躍をされておられます。


※古屋さんのブログに感激、投稿しました。

                 (hibari) 
posted by 中野ハナミズキの会 at 07:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2010年07月26日

日本という国

はじめまして。

この度、中野ハナミズキの会にお世話になる事になった古屋です。

現在、25歳です。

自分は正直、ハナミズキとサクラ、つまり、昔の日米関係についてはよく知りません。

ですが、いろいろと調べてみると、昔の日本、つまりは、大日本帝国という国は残酷だったんだなと思いました。

大日本帝国時代の日本は、戦時中、このハナミズキを“敵国の花”としたそうです。

しかし、アメリカは違ったようです。

話がそれますが、昔、大日本帝国には731部隊というものがありました。

朝鮮半島の植民地化、つまり、満州に置いて、冷酷な人体実験を行っていました。

人を生かしたままウイルスに感染させ、実験台にしたり、凍傷の実験までしたらしいです。

言いたい事は、戦争は人を狂わす、という事です。

自分は、平和が一番だと思います。

今、憲法を変えようなどという動きがあるらしいですが、自分は絶対反対です。

日本を戦争をする国にしてはならない。

戦争を放棄した憲法を持つ、素晴らしい日本を作り上げていきたいと思っています。

ハナミズキの花はそれをふと思い出させてくれました。

今、国際問題の事が叫ばれる事があります。

ハナミズキの樹を守るように、日本も守っていかなければならないのではないかと思います。

 

古屋

posted by 中野ハナミズキの会 at 17:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2010年07月25日

江古田の森のふくろうさん

IMGP5026.jpgIMGP5025 (2).jpg
江古田の森を案内してもらって 
あるいてゆくと、 池にでた。
 
ホタルが育ってくれるといいのに・・と案内の美しい女性(写真右の人)はいわれた。
 そうか、この池で、ホタルが生まれるのかな。
水は新鮮にみえた。
ホタルは 綺麗な水を好むといわれるから、人工の環境だろうとも、ホタルが棲息できるかも・・・。
 
私が子ども時代は
母は箒草で ホタル狩りの道具の箒をつくってくれた。
 
ほっほ ほーたるこい、こっちの水はあーまいぞ
 
遊び仲間と歌いながら、たんぼのあぜ道を、ホタル狩りの箒をかついで、すすんでいった。
 
蛇もいるので、わたしは、内心はびくびくはしていたのだが・・・。
ホタル狩りに出かける時、母は動かない光はとってはいかんぞ、といった。
それはな、蛇だからな・・・・と私に教えてくれたのだ。
 
母の作ったほうき草の箒は、

闇のなかを光を点滅させながらで飛んでいるホタルには やさしく
なでるようにして捕らえられた。
捕まえたホタルは、自宅に戻り、蚊帳の中に放した。
 
電灯を消して、ホタルの灯を 兄妹でたのしんだ。
蚊帳のある生活、なつかしい思い出。
 
 江古田の森の、池をすぎたあたりで、ふくろうにであった。
青桐にとまっていた。

証拠の写真を撮った。左の写真がそれです。
                                                  (hibari)

posted by 中野ハナミズキの会 at 11:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2010年07月24日

江古田ハナミズキの咲くころ

IMGP5023.jpgIMGP5023.jpg

江古田の森の一画には
かつての
野方苗圃があった。
 
そこには
ハナミズキが咲いていた


白い花が咲いていた


その白い花は見事であった。

私はシャターを切っていた。



白い花の花水木は
アメリカからお船にゆられて
はるばるわたってきた
 
今は その原木の子どもさんなのでしょう
春になると咲きだします。
 
親に似て 白い花です。


 

私が見惚れた花水木
  
純白の返礼の気持ちを忘れずに
江古田の森で
春を告げて

咲きはじめます。


ハナミズキが咲くころ
また、でかけてゆこうとおもっています。



真夏になると
はなみずきの幹には蝉がとまり


あつなあ あついよ
あちちっち あちちち と鳴きだします

                   (喜多)
 ※写真は江古田の森公園に隣接する北江古田公園のハナミズキ
posted by 中野ハナミズキの会 at 20:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2010年07月22日

ブログができました!

みなさん書き込んで下さいね!
 
posted by 中野ハナミズキの会 at 01:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記