2010年08月01日

中野ハナミズキの会の歩み その1



ハナミズキ移植準備の経過について    
          平成161028日の記録です。 木村勝昭


1 ブロードウエイ居住の本郷さんから木村にブロードウエイの屋上庭園に仮植樹したハナミズキを江古田の森へ移植することについての相談あり。(平成15年)春 

2 ブロードウエイ居住の伊丹さんと会う。ハナミズキの件について話す。伊丹さんは屋上庭園に仮植樹した時の管理組合副理事長であったことが判る。628日 本郷さんと一緒に屋上庭園に行き、ハナミズキ2本を確認する。写真撮影。629日。

 

3 田中区長に会い、ハナミズキをブロードウエイ屋上庭園に仮移植した経過について説明をする。そのハナミズキと原木の関係がつながるかどうか、という質問が区長からあり。とりあえず区長に情報提供をした。73日。

 

4 前野まさる先生とあう。(東京芸大名誉教授・北部(江古田の森)防災公園建設計画検討委員会座長)。当日までの経過を説明する。ハナミズキが原木の株分けかどうかは正確には判らないが、そうではない可能性が強いとの前野さんの意見。小石川植物園の原木からの枝分けとブロードウエイ屋上庭園のハナミズキを一緒に江古田の森に植樹すると意味付けが強くなるのではないか、との考えを頂く。また木村は引き続き状況把握を進めることとした。79日。

 

5 同日、植物に詳しい人にハナミズキや移植についての専門的意見の聴取を考え、中野区の元公園緑地課長の井出さんに電話で連絡をとる。井出さんはハナミズキをブロードウエイに仮植樹をした時の公園緑地課長であり、経過についても詳細をご承知であることが判る。79日。

 

6 伊丹さん・井出さん・木村で話しあう。伊丹さんと井出さんは初対面。 沼袋の玉置さんに報告。

  井出さんの話では、ブロードウエイ屋上庭園の植樹は東京都環境局の正式な植樹事業であったこと。それに中野区も参加をしたということ。ハナミズキは江古田の森開園時に記念植樹をすることとの考えであったとのこと。また「みどり のびのび」というビデオがあるはずとのことなので東京都環境局自然保護部に木村が問合せにいくことにした。井出さんはこの会合の前に区役所に行き、ハナミズキに関する区の資料整理を依頼する。木村も会合後、区役所に立ち寄り職員および公園緑地課長に経過概略を説明した。711日。

 

7 本郷さんと会う。現在までの経過をお伝えする。本郷さんが尾崎記念館にハナミズキの資料が保存されているか問合せをしていただくことに。木村はビデオの件で都庁に行く。都環境局 自然保護部計画課 課長補佐・計画係長の田中進さんに会う。経過を話し、田中さんも状況は理解してくれた。しかしビデオについては組織替えなどもあり、ダンボールなどに収納したため、その所在の確認がすぐには出来ないので探してみる、とのことであった。結果を連絡してくれるとの話で終わる。716日。

 ビデオとは。

 ホリデーにっぽん NHK1997年5月5日

 「ハナミズキの旅路・捜しつづけた日米友好の花」

 

8 平成16年にはいり、ビデオの保存を確認。

      

posted by 中野ハナミズキの会 at 20:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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