2010年08月10日

中野はなみずきの会のホームページ訪問して

中野はなみずきの会の
ホームページは
関係者のご努力でたちあがれました。
 
有難うございました。
 
誕生されてから半月になりましょうか。
 
このホームページは
地球上のどこからでも
閲覧できるわけですね。
 
東京は中野から発信される
親善の花 ハナミズキ
友好の花 はなみずき
平和の花 花水木

お届けできることでしょう。
 
ホームページへの 
訪問者は
まず
紅花が目にとびこんでくる編集となっていると思います。。。
 
会の目的や
入会のこと、歌もあることなどが
 
分かるようになっており、親切な編集とおもいました。
 
今後は
できますなら
リアルタイムで
訪問客さまが
幾人ほど累計で訪れられたか
分かるようにして戴けると
よろしいのではないでしょうか。
 
それは
ホームページの管理者に
いろいろのことを
伝えるデーターとなりましょう。
 
ナイスコミニュケーションを
追求する
資料となりましょう。
               (喜多)
 
 
posted by 中野ハナミズキの会 at 07:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2010年08月09日

晩秋に花水木の種子を拾い苗を育てませんか。

秋は花水木の実は
彩ります。
葉も美しくなります。
 
花水木の種子を拾って
苗を育てませんか。
 
木村さんのブログには
屋上で苗をそだてた、とありましたが
実生から
育てた木なのでしょうか。
            daimonn
posted by 中野ハナミズキの会 at 09:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

江古田の森 と 北江古田公園


 中野区江古田は
まぎらわしいエリアとおもう。
 
地元の人の発信かとおもわれるが、ブログで発信された中身は、
北江古田公園は存在しているのです。
 
ところが、中野ハナミズキの会の
案内地図では 北江古田公園は存在していない。「江古田の森」として
ひと括りになっておる。
 
私がパソコン検索で見てゆくと、
そのように
単純ではなく、まぎらわしい公園かとおもうのですが いかが。
 
「江古田の森」と 「北江古田公園」は それぞれが独立して別ものと、理解されているのです。
 
インターネットの字引江古田の森公園 - Wikipedia(フリー百科)で検索すると、以下のように紹介されている。
 
〈江古田の森公園(えごたのもりこうえん)は、東京都中野区江古田にある中野区立の公園である。樹木や芝生の広場、遊具などがあり、近隣住民の憩いの場となっている。 当地は長く国立療養所中野病院があったところで、主に結核患者の養生所であった。当病院は1993年に新宿区国立国際医療センターへ移転統合し、跡地が公園として整備されたものである。またそれ以前に江古田川沿いの一部分(かつての野方苗圃)は、1971年に北江古田公園として先行して開園していた。2007年に残りの病院跡地の部分も追加で開園し、全体で江古田の森公園という名称になった。また公園には隣接して「江古田の森」という老人ホームなどが入っている福祉保健施設がある。PDF

私の記憶では
「北江古田公園」の看板は確かにあった。
そのようなこともあり、
地元の人たちや、よそからの来訪者たちは
この地は 
北江古田公園と 認識されておられるのだとおもう。あるいは古い呼称が生き続けているのだと思う。

●ハナミズキの会に、お願いしたいことは
北江古田公園は江古田の森に統合されて現在は
その名称は使われておりません・・・・と宣言されてみてはいかがでしょうか。


●実は井の頭公園に、ハナミズキを探しにゆきましたおり、ここでも似たようなことがおきました。


東京市井の頭恩賜公園」の石碑があったこと。
 

公道をへだてて
 「井の頭公園」と「井の頭自然文化公園」があったことでした。

どちらもふくめて俗称では
井の頭公園」と呼称されていました。
 

私たちは公園入口で待ち合わせをしましたが、その解釈からか、一時、迷子になった人がいました。

江古田の森 と 北江古田公園
で 集合ともなれば、やはり まごまごしてしまいそうです。
                                        (喜多)

 


 

posted by 中野ハナミズキの会 at 06:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2010年08月06日

野方苗圃から井の頭公園に移された木々たち

中野の野方苗圃が閉鎖される時に
  たくさんの木々が
  井の頭公園に
  移されたとのことです。
そこで早速、調査に行ってきました。
公園の最寄駅は中央線の

  吉祥寺駅。
井の頭自然文化園入口をめざして歩いて行くと
  歩道上には
市民の木・・・・が色タイルで紹介されていました。
g 002.jpg

市民の木 ハナミズキ  とありました。
その左側は むらさきはなな  とありました。
むらさきはなな・・・ 別名は 紫金草、諸葛菜ともいわれています。


この紹介タイルに もしや、ハナミズキの原木があるのでは、

期待が膨らみました。
 

井の頭自然文化園には
花水木が3本ありました。
 
古木でした。
 
紅色の花水木とのことです。
 
園内の植物は3人の職員が手入れしているとの事でした。
手がまわらないので、
苗は育てたことはないとのことでした。
 
タネから、育てたいものですね。
里かえりの花水木に
できないものでしょうか。

            (喜多)

posted by 中野ハナミズキの会 at 22:53 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2010年08月01日

中野ハナミズキの会の歩み その1



ハナミズキ移植準備の経過について    
          平成161028日の記録です。 木村勝昭


1 ブロードウエイ居住の本郷さんから木村にブロードウエイの屋上庭園に仮植樹したハナミズキを江古田の森へ移植することについての相談あり。(平成15年)春 

2 ブロードウエイ居住の伊丹さんと会う。ハナミズキの件について話す。伊丹さんは屋上庭園に仮植樹した時の管理組合副理事長であったことが判る。628日 本郷さんと一緒に屋上庭園に行き、ハナミズキ2本を確認する。写真撮影。629日。

 

3 田中区長に会い、ハナミズキをブロードウエイ屋上庭園に仮移植した経過について説明をする。そのハナミズキと原木の関係がつながるかどうか、という質問が区長からあり。とりあえず区長に情報提供をした。73日。

 

4 前野まさる先生とあう。(東京芸大名誉教授・北部(江古田の森)防災公園建設計画検討委員会座長)。当日までの経過を説明する。ハナミズキが原木の株分けかどうかは正確には判らないが、そうではない可能性が強いとの前野さんの意見。小石川植物園の原木からの枝分けとブロードウエイ屋上庭園のハナミズキを一緒に江古田の森に植樹すると意味付けが強くなるのではないか、との考えを頂く。また木村は引き続き状況把握を進めることとした。79日。

 

5 同日、植物に詳しい人にハナミズキや移植についての専門的意見の聴取を考え、中野区の元公園緑地課長の井出さんに電話で連絡をとる。井出さんはハナミズキをブロードウエイに仮植樹をした時の公園緑地課長であり、経過についても詳細をご承知であることが判る。79日。

 

6 伊丹さん・井出さん・木村で話しあう。伊丹さんと井出さんは初対面。 沼袋の玉置さんに報告。

  井出さんの話では、ブロードウエイ屋上庭園の植樹は東京都環境局の正式な植樹事業であったこと。それに中野区も参加をしたということ。ハナミズキは江古田の森開園時に記念植樹をすることとの考えであったとのこと。また「みどり のびのび」というビデオがあるはずとのことなので東京都環境局自然保護部に木村が問合せにいくことにした。井出さんはこの会合の前に区役所に行き、ハナミズキに関する区の資料整理を依頼する。木村も会合後、区役所に立ち寄り職員および公園緑地課長に経過概略を説明した。711日。

 

7 本郷さんと会う。現在までの経過をお伝えする。本郷さんが尾崎記念館にハナミズキの資料が保存されているか問合せをしていただくことに。木村はビデオの件で都庁に行く。都環境局 自然保護部計画課 課長補佐・計画係長の田中進さんに会う。経過を話し、田中さんも状況は理解してくれた。しかしビデオについては組織替えなどもあり、ダンボールなどに収納したため、その所在の確認がすぐには出来ないので探してみる、とのことであった。結果を連絡してくれるとの話で終わる。716日。

 ビデオとは。

 ホリデーにっぽん NHK1997年5月5日

 「ハナミズキの旅路・捜しつづけた日米友好の花」

 

8 平成16年にはいり、ビデオの保存を確認。

      

posted by 中野ハナミズキの会 at 20:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記