2010年07月27日

はなみずき合唱団の活躍

2009-10-25 14-27-27_0.jpg
 
はなみずき合唱団のご活躍に
敬意を表したいとおもいます。
皆さまのハーモニーは、歌声は
野方苗圃で実生から育てたハナミズキの歴史を
日米親善の歴史を
伝えるはたらきがあると思っております。
 
桜とハナミズキで
アメリカとの友情を育みあっておったのであれば
 
原爆を落とされることもなかったのではないでしょうか。
 
神奈川県津久井の尾崎咢堂記念館に
合唱団のみなさんと見学にでかけました時、
合唱団の皆さんは、はなみずきの歌を披露されました。
食堂でうたわれたあのとき、からだがふるえるほど感動しました。
あのときも渡部節保さんの指揮、吉田京子さんの伴奏でうたわれましたし、
声楽家武井美恵さんのソロも披露されました。たしか、あのときもフルートの伴奏もあったと記憶しますが・・・。フルートさん、ごめんなさい。 

咢堂記念館では、わすれられぬ貴重な資料に出会えました。
私は祖母にきいたことがありますが、あの戦争末期にはビラが空から降って来たそうです。
銀紙も降ってきたそうですが、

 

そのときアメリカ軍のまいたビラと
出遭えた事も、出かけて来てよかったと思ってます。
 
戦争をやめさせたい訴えの そのビラには
尾崎行雄さんの写真が載っておりました。
私は、日本国民に信頼されておるのは尾崎行雄さん、とアメリカ側の判断があってのことと思いました。

尾崎行雄さんの写真いりなら、神風を信じる国民ではあろうが、戦争をやめてもらえると、
そのビラは語りかけているようでした。
 
爆撃機から投下された大量のビラは
保存されていたのです。
数枚の貴重なビラでしたが、私は凝視してしまいました。
 
合唱団さんの歌が聴けるわよとすすめられて

咢堂記念館にでかけました私でしたが、歌がきけて、
そして史料のビラとも出会えたことは、団の皆様に感謝もうしあげたいとおもいます。
 
合唱団の皆さまは
「憲政の神様」とも慕われる尾崎行雄さんを
讃えることにもつながる歌をうたわれておられると思います。
 
はなみずきの歌には、そのようなメッセージがこめられていると、私は受け止めています。
尾崎さんが
あの時代に、軍部が国会を牛耳っていた時代に、
命がけで、戦争はんたいの演説をされた議員さんでした。
 
中野のはなみずき合唱団さんは
日本の民主主義発展にとって、
とっても大事な存在でございます。
すばらしいご活躍をされておられます。


※古屋さんのブログに感激、投稿しました。

                 (hibari) 
posted by 中野ハナミズキの会 at 07:22 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2010年07月26日

日本という国

はじめまして。

この度、中野ハナミズキの会にお世話になる事になった古屋です。

現在、25歳です。

自分は正直、ハナミズキとサクラ、つまり、昔の日米関係についてはよく知りません。

ですが、いろいろと調べてみると、昔の日本、つまりは、大日本帝国という国は残酷だったんだなと思いました。

大日本帝国時代の日本は、戦時中、このハナミズキを“敵国の花”としたそうです。

しかし、アメリカは違ったようです。

話がそれますが、昔、大日本帝国には731部隊というものがありました。

朝鮮半島の植民地化、つまり、満州に置いて、冷酷な人体実験を行っていました。

人を生かしたままウイルスに感染させ、実験台にしたり、凍傷の実験までしたらしいです。

言いたい事は、戦争は人を狂わす、という事です。

自分は、平和が一番だと思います。

今、憲法を変えようなどという動きがあるらしいですが、自分は絶対反対です。

日本を戦争をする国にしてはならない。

戦争を放棄した憲法を持つ、素晴らしい日本を作り上げていきたいと思っています。

ハナミズキの花はそれをふと思い出させてくれました。

今、国際問題の事が叫ばれる事があります。

ハナミズキの樹を守るように、日本も守っていかなければならないのではないかと思います。

 

古屋

posted by 中野ハナミズキの会 at 17:23 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2010年07月25日

江古田の森のふくろうさん

IMGP5026.jpgIMGP5025 (2).jpg
江古田の森を案内してもらって 
あるいてゆくと、 池にでた。
 
ホタルが育ってくれるといいのに・・と案内の美しい女性(写真右の人)はいわれた。
 そうか、この池で、ホタルが生まれるのかな。
水は新鮮にみえた。
ホタルは 綺麗な水を好むといわれるから、人工の環境だろうとも、ホタルが棲息できるかも・・・。
 
私が子ども時代は
母は箒草で ホタル狩りの道具の箒をつくってくれた。
 
ほっほ ほーたるこい、こっちの水はあーまいぞ
 
遊び仲間と歌いながら、たんぼのあぜ道を、ホタル狩りの箒をかついで、すすんでいった。
 
蛇もいるので、わたしは、内心はびくびくはしていたのだが・・・。
ホタル狩りに出かける時、母は動かない光はとってはいかんぞ、といった。
それはな、蛇だからな・・・・と私に教えてくれたのだ。
 
母の作ったほうき草の箒は、

闇のなかを光を点滅させながらで飛んでいるホタルには やさしく
なでるようにして捕らえられた。
捕まえたホタルは、自宅に戻り、蚊帳の中に放した。
 
電灯を消して、ホタルの灯を 兄妹でたのしんだ。
蚊帳のある生活、なつかしい思い出。
 
 江古田の森の、池をすぎたあたりで、ふくろうにであった。
青桐にとまっていた。

証拠の写真を撮った。左の写真がそれです。
                                                  (hibari)

posted by 中野ハナミズキの会 at 11:01 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2010年07月24日

江古田ハナミズキの咲くころ

IMGP5023.jpgIMGP5023.jpg

江古田の森の一画には
かつての
野方苗圃があった。
 
そこには
ハナミズキが咲いていた


白い花が咲いていた


その白い花は見事であった。

私はシャターを切っていた。



白い花の花水木は
アメリカからお船にゆられて
はるばるわたってきた
 
今は その原木の子どもさんなのでしょう
春になると咲きだします。
 
親に似て 白い花です。


 

私が見惚れた花水木
  
純白の返礼の気持ちを忘れずに
江古田の森で
春を告げて

咲きはじめます。


ハナミズキが咲くころ
また、でかけてゆこうとおもっています。



真夏になると
はなみずきの幹には蝉がとまり


あつなあ あついよ
あちちっち あちちち と鳴きだします

                   (喜多)
 ※写真は江古田の森公園に隣接する北江古田公園のハナミズキ
posted by 中野ハナミズキの会 at 20:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2010年07月22日

ブログができました!

みなさん書き込んで下さいね!
 
posted by 中野ハナミズキの会 at 01:39 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記